スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

悟塾OB

先日悟塾OBが近況報告を兼ねて悟塾東校に顔を出しに来てくれました。

OBと言っても一番上は高校1年生なんですけどね。

体も一回り大きくなっていて頑張っているとの事でした。

嬉しいですね☆

現在の塾生も、各高校に入寮して旅立っていったOB達も、これから、甲子園、社会人野球、プロ野球、メジャーリーグと何処まで大きくなるかはわかりませんが、

この子達が、ユニフォームを脱ぐまで私は応援し続けます!


私がユニフォームを脱いだ時は、後悔しかありませんでした。

ユニフォームを納得して自ら脱ぐ選手なんでほんの一握りで、誰もがいつかは泣く泣くユニフォームを脱がないといけない時が来ますが、


その時に「塾長あの時俺もっとやっとけばよかったよ…」や「塾長なんであの時にこの技術を教えてくれんかったと?」「怪我さえなければ…」など塾生の野球人生に「後悔」が一つでも少なくなるように、今やるべき事、将来に繋がる技術を一つでも多く叩き込むことに全力を尽くそうと思います。


私も後悔しかなかったといいましたが、よく思い返してみると、少年時代野球の楽しさを教えてくれた仲間、夢を追う事を支えてくれた家族、応援してくれたファンの方々、私に一流の技術をたたき込んでくれた恩師、

色々な「出会い」頂いた「言葉」「気持ち」「知識」これがあったから長い間野球が出来たんだと思います。

今振り返ってみると「あの時頑張って良かった」「あの時色々な知識を教えて貰えて良かった」「私はプロ野球選手にはなれなかったけどの私の野球人生も運が良かったな」と思う事もあります。

これが一つでも欠ければこんなに長い間野球に携わる事はなかったと思います。

私の野球人生にプラスアルファーの部分あれば違った結果になっていたと思いますが、それを言い出したらキリがないですからね…

時代は時代。みな平等。常にアンテナをはっていなかった私が悪いのです。

自然の流れで本物の指導者に出会える確率なんて本当に皆無に等しいと思います。

一番信頼していた親父に習った野球は今思うと残念ながら正解の技術ではなかったです。

本物を学びたいなら全国何処にでも行くぐらいの覚悟がないとダメでしたね。

それに比べたら今は良い時代だと思いますね。

学べるチャンスは昔より転がっていると思います。

後は気付くか気付かないかは本人次第ですね。


塾生達がユニフォームを脱ぐ時に、「塾長。俺は頑張ったよ。俺の野球人生に後悔は無い!」と言えるように、今を全力でやって欲しいですね。

成功しても例えそうでなくても、「後悔」の数より「良かった」の数が多くなるように、それに対してのサポートは出来る限りして行きたいですね。

みんな頑張れ☆



ハッピーハロウィン☆

って毎度の事ハロウィンってなんなん?

カボチャくり貫く暇があったらバット振ろうぜ?

一年前も同じような事言った気がする(^^;)))
スポンサーサイト

錦織圭選手とマイケル・チャンコーチ

錦織圭選手素晴らしいですね!





野球とテニス競技は違えど、

気の遠くなるような努力と情熱で極限まで極めた技術は見る者に感動を与えますね!

錦織圭選手の大躍進の裏側には、マイケル・チャンコーチの存在があったそうです。

錦織圭選手と外国人選手との体格差を埋める為にマイケル・チャンコーチとの猛練習があったようです。

基本的な事を正しいフォームでひたすら反復練習をさせられて、「まるで部活のようだった!」本人は語ったそうです。

錦織選手本人は天才肌らしく基本的に反復練習は嫌いだそうで、かなりしんどかったらしいんですが、マイケルコーチは「やらないんなら俺は辞める」と言ってやらせたらしいです。

私も最近常に感じていた(基本の反復練習の大切さ)がシンクロして、マイケル・チャンコーチを尊敬する気持ちが芽生えました。

私が少し甘かったのは、正解の技術を教え込み、子供達に頭で理解させ、伝える事で子供達は良くなると思っていました。

しかしそれは違う様です。

それが分かったのが私が子供達に手本を見せる時です。

現役時代や塾を始めた当初はバッティングセンターのマシーンのボールなんか極端に言うと100本打って100本ホームラン性の当たりを打てていましたが、

最近打ち損じる様になっているんですよ…

目が悪くなっているのを差し引いても、マシーンのボールぐらいは目を閉じていても打ててましたから完全に異変が起きているんですね。

何故かと言うと答えは簡単です。

練習してないからです。



勘違いしてはいけないのは


「正解の知識があってもそれを自分のものにしないと意味がないと言う事です。」


知っているだけで結果が出たら誰もがプロに行ける事になりますからね。

一番可哀想なのは正解を知らない子供です。

これは本人が、いくら頑張ってもそれは遠回りの険しい道が待っています。


1つ例えるなら、

これから生死をかけた戦いを控えている武士を塾生に例えるなら、

私は「正解の技術」という最高の切れ味の日本刀を1人1人平等に与えて使い方を教えています。

しかし本人が刀の稽古をせずに刀を使いこなす事が出来なかった場合や、刀の価値を分からず置き忘れて拳ひとつで力まかせに戦いに行った場合、命はないでしょう…

木の棒を振り回して来た奴にあっさりやられてしまいます…

要はせっかく周りの武士達が到底持っていない日本刀を持っているのだから、それを使いこなせる様に努力しないと相手は倒せない言う事です。




錦織圭選手程の超一流選手が更なる高みに行く為に

基本的な事を一から「正解の技術」でヘドが出る程反復練習するんですから

まだ二流、三流の人間は死ぬほど頑張らないと結果は出ませんね。

「結果」を追い求める前にまず技術を自分のものにする事に全てを注ぐべきだと私は思います。

技術をものにしさえすれば結果は嫌でも出ます!

これは間違いない事です!

身体が「大きい」「小さい」や身体能力が「高い」「低い」なんか関係ないよ!
と塾生達にはたまに言いますが、

最後にものを言うのは

どれだけ根気強く本気でその事に時間を費やせたかが大きな差として出てくるだろうし、

その後の本人の競技人生が決まっていくんだと思いますね。

私がいくら頑張っても残念ながら錦織圭選手にはなれないから

私はマイケル・チャンコーチの様に素晴らしい指導者になって素晴らしい選手を生み出したいですね☆

髪はフサフサなままね!

でわ☆

ケアの重要性

私の野球人生を振り返ってみると怪我との戦いでもありました。

怪我さえなければもっとチャンスはあっただろうな…と今でも思います。




甲子園に出場した時もハムストリングを肉離れしていて、試合まで別メニューの練習で満足の行く状態で試合に挑めませんでした…

試合中もいつもテーピンググルグル巻きにしてサポーターつけて試合に挑んでました。

肉離れを1度でも起こしてしまえば100%の状態に戻る事はありません…

一回怪我したら癖になるって奴です。

一生怪我と付き合っていかないといけなくなります…

今のプロの世界で活躍している選手でも、何かしらの怪我は持っています。

至って健康な選手の方が珍しいぐらいです。

しかし間違いなく言える事は怪我を持っていないに越したことはないと言う事です。

怪我の再発を恐れながらプレーするより思う存分プレーする方がパフォーマンスは高まる事は言うまでもありません。

本当に怪我だけはしないに越したことはありません。

しかしひとたびグランドに出れば怪我を恐れてプレーしていては話になりません。

だから「普段の体のケア」が大事なんです。



私を悪い例に出して話をします。

私が子供の頃は人一倍努力家でした。

「努力!、努力!」人が遊んでいる時も「俺はバットを振るんや!」と言う感じでした。

今でこそ筋肉は柔軟性が大事で、筋トレよりストレッチの方が大事という考えに至りましたが、当時は筋肉も鍛えイジメ抜いてより硬く硬くしようとしていました。


時代の風潮もありますが、当時はケアする事=自分に甘いサボっとる。

という考え方がありました。

下手くそがストレッチばっかしてマッサージ受けても野球は上手くならんやろ…的な感じでしたね…

多分大多数がそう思っていました。

怪我しない為に食事も睡眠も相当大事な事です。

しかし当時は練習がキツすぎてご飯が喉を通らない事はざらにあったし睡眠時間を削って練習する事が評価されるような時代でした。

今思うと原因の1つに「日本人の美徳」の感覚もあると思うんですよ

満身創痍になる程自分自身を追い込み努力している姿こそ「美しい」

その過程が「評価に値する!」

この「美徳感覚」は違うんじゃないかと思うんですよ。

一生懸命努力する姿は勿論美しいし全力で努力する事は必要です。

しかしその全力の努力の末の結果が「怪我」では意味がないと言う事です。

アメリカなんかでは考え方が違くて、練習頑張り過ぎて怪我したら「バカか!」と言われるそうです。

逆に練習してなくても結果を残せば評価されます。

アメリカは合理的な考えがスタンダードなんですね。

日本人の美徳は悪いとは思わないし嫌いではないですが、良い所は残し結果がマイナスになる考え方は変えるべきだと思いますね。


小学、中学、高校生の体のケアへの意識はまだまだ薄いのが現状です。

割合的に練習10ケア0ぐらいですかね。

賢い高校生で練習7ケア3ぐらいですか。

それがプロになるとどーなるか分かりますか?

私はは独立リーグまでしか行けなかったですが、6シーズン、オープン戦、交流戦、合わせて1000試合近くを経験しました。

私の経験からすると、技術を極める迄は「練習・試合」と「ケア」の割合は6対4ぐらいでしたが、

技術を極めてからは、「試合・練習」と「ケア」の割合は3対7ぐらいに逆転しました。

練習するよりいかに万全に近い状態で試合に挑めるかを努力する様になりましたね。


昔は6日間毎日ハードな練習や試合でボロボロなのにも関わらずオフの日もジムに行ったりグランドで自主連したりしていました。

1日動かないと何か罪悪感で寝られなかったんですよね…

元西武の石毛さんもそうらしいです。



寝る寸前に自分に「石毛!今日は限界までやらなかったのか?それともやれなかったのか?」と問いかけるそうです。

そして「やらなかった」ってなったら布団から叩き起きてそこから倒れるまで素振りしてたらしいです…

その話を聞いた時はみんな「そりゃやべーやろ」って笑ってましたけどね!

昔はそんなんでした…

結論を言うと、技術も未熟で発展途上の子供達にとって練習の占めるウエートは大きいと思います。

しかしもう1つ言える事は技術が未熟が故に怪我はしやすいという事も頭に入れておかなくてはなりません。

理にかなっていない動きをすると怪我に繋がりやすくなるのはごく当然の事なんです。

先程も言いましたが怪我はしないに越したことはありません。

私は子供達に怪我をさせない為に理にかなったフォームを叩き込む事で怪我から遠ざける事に取り組んでいます。

しかし1人1人ストレッチしてあげたりマッサージしてあげたりテーピングを巻いてあげたりしてあげる事は出来ません。

専門ではないからです。

そこで悟塾は二又瀬にあるあうん整骨院のサポートを受ける事になりました。




代表の森代表も野球をやっていて、怪我に泣かされた1人です。

彼らは身体を見るプロです。

現在既にうちの生徒があうん整骨院にお世話になっていて、ストレッチなども教えて頂いています。

大事な試合前にもテーピングなども巻いてくれると思います!

これからは塾生の身体の部分ではあうん整骨院が全面的にサポートしてくれます。

よろしくお願いします☆





安全第一

先日の練習中での出来事です。

バッティング練習中に私の投げたボールが私の可愛い生徒の頭に当たって軽い脳震盪を起こさせてしまいました…

悟塾では2度とこの様な事があってはならないという事で早急に対処する事になりました。

早急に対処といってもヘルメットを買うという事だったので、翌日朝6時に起きて早急にスポーツ店に行ったらまだ開いていませんでした…

その日のよる早良校での練習があったので、ボールハウスの社長にたまたまその事を話したら、「塾長の頼みなら断れんでしょ」とヘルメットを悟塾に頂きました!

社長いつもありがとうございます!

生徒達みんなが確実に上達しているのは間違いないと思います。

しかしまずは子供達が安全に怪我なくプレーする事が一番だと思います。

そこをもう一度徹底し充実させる必要があると思います。

まだまだ未熟な塾ですがこれからもよろしくお願い致します!

誕生日の度に思う事

私事ですが本日6月8日は私の誕生日です☆



22才の時、関東の大学を卒業して、徳島のチームに入団し、福岡のチームに移籍して、愛媛のチームに移籍して、引退して大阪で2年間色々な経験を積んで、今に至るんですが、

こんな私でも、応援してくれる方々がいました。

徳島にも福岡にも愛媛にも私の"ファン"と言ってくれて熱烈に応援してくれた方々がいました。

現役を引退して4回目の誕生日ですが、今だに毎年家に贈り物が届いたり、メールや電話をくれる方もいます。

大阪で世話になった大将からも「生きてるか?みんな待ってるから早く大阪帰ってこいよ!」と誕生日には触れませんがちゃんと誕生日の日に電話をくれます☆


私は人生の全てをかけて野球をしてきて、プロ野球選手の様に地位も名誉もお金も手にする事は出来ませんでしたが、

こんな私を無償の愛で応援してくれたファンの方達には、そんな事より断然大事なものを貰った気がします。


私は独立でのラストシーズンが終わり、プロ球団の首脳陣が変わり球団方針が変わったと、プロの話が無くなり、心が折れて引退しました。

その時に一番悔しかったのは、

プロ野球選手になれなかった…

という単純な事ではなく

「私のプレーを観るのが毎回楽しみ!!」

「私のプレーを1年でも長くみたい!」

「私のプレーを見れなくなるのは寂しい!」

と言ってくれたファンの人達に、自分がプロの世界で挑み続ける姿を見せれなかった事が一番心残りでした…

それが悔しかったですね。


ファンにも引退したらそこで終わり…っていう人もそれはいます。

影ながら今も気にかけてくれている人もいるでしょう。

でも引退して3年、いまだに気にかけて連絡をくれる人達は本当の意味で私の頑張って来た証でもあり宝です。

私自身今後どうなって行くかわかりませんが、一生付き合っていきたいし、私がどうなろうが一生をかけて恩返ししていくつもりです。

私がファンの方々に受けた恩、学ばせて貰った事は計り知れないぐらいあります。

その1つに、こんな事があります。

私は、子供の頃から、「自分より頭の良い奴には頭では負けてるけど野球では絶対負けんぞ」とか自分より野球が上手かった奴に「いずれ追い抜いてプロに行って見返してやるぞ!」など、反骨心が自分自身を突き動かす原動力になっていました。

その事に一点の疑いもなくやって来ました。

でも無償の愛で応援してくれた方々に出会ってから、それは間違っていたかなと思う様になりました。

反骨心より、純粋に心から恩返ししたいと思う気持ちの方が、自分自身を突き動かす原動力として、美しくて強いと言う事に気付かせて貰いました。

大リーグの上原浩治選手が実力、結果共に残しているのにいまいち注目されず、人気が伴ってこない理由がそこと思うんですよね。

決して歯茎が出てるからじゃないと思うんですね。

自ら「反骨心、雑草魂で這い上がって来ました」の様な事を言っています。

その事がずっと原点にあるんでしょうね、態度、コメント、私からしたら見ていて違和感しか感じなかったですね…

本人の過去に何があったか知りませんがそれは周りの人は知りませんからね。

まあそんな事は余計なお世話で書く必要はなかったんですけどね…

しかし塾生にはそうなって欲しくないからあえて書いときます。

うまいヘタ関係なく、やるからには全てをかけてやらないとダメです。

中途半端は何も生み出してはくれません。

私も荒削りで損ばかりしてきた人生でしたが、唯一野球にだけは誰よりも熱く夢を本気で追っていました。

だから応援してくれる方がいて、その出会いを生んでくれたと思います。

自分を応援してくれた方々は自分の教え子の事もちろん応援してくれます。

「塾生達!塾長が果たせなかった恩返し、塾長の無念を晴らしてくれ!!」

まあそれは二の次でいいから、

両親をはじめ、頑張っていれば自分の事を心から応援してくれる人が表れると思います。

そんな人達に恩返し出来る様に実力をつけとかないといけません。

頑張ろーね(^^)





P.S

塾生のお父さん達からもプレゼント貰いました☆

スラッガーのカッコいい運動靴と、自分専用XXXシャフトの特注オーダードライバーです(^^)

どっちもかなり嬉しかったです!

まずその気持ちが嬉しかったですね☆

大事に使わせて貰います!!

ありがとうございました(>_<)

いつか中学全国制覇や甲子園出場か、ドラフト指名でお父さん達と祝杯を上げる日が来て欲しいです(^^)

塾長プロフィール

satorujuku

西村 悟(にしむら さとる、1983年6月8日)は、福岡県古賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。血液型はA型。
阪神タイガースに所属する西村憲(投手)は実弟。憲が野球を始めたのは悟の影響であると述べている。

東福岡高時代は、2001年の春のセンバツでベスト8の結果を残す。その後、東海大学に進学。
大学卒業後、2006年に四国アイランドリーグ(現:四国アイランドリーグplus)の徳島インディゴソックスに入団。同年は、ベストナインに選出された。
2007年11月1日、福岡レッドワーブラーズと長崎セインツの新規参入による分配ドラフトで福岡への移籍が決定。12月1日付けで移籍した。
移籍1年目の2008年は、首位打者のタイトルを獲得し、ベストナインにも選出された。
2009年9月11日、愛媛マンダリンパイレーツに移籍。
2010年のシーズンは本塁打・打点の2冠を獲得した。シーズン終了後、自身の申し出により退団。

wikipediaより

悟塾公式ホームページ
http://satorujuku.jp

入塾申し込み・お問い合わせ
http://satorujuku.jp/contact

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。