本気でプロ野球界のスターになる方法 後編

すいません更新したつもりが出来てなかったみたいです(((^^;)



表1

これが前回話した表です!

印刷の精度が低すぎて字が読めないのが残念なんですが、ざっくり伝われば充分なんで簡単に説明します。


下の数字が年齢ですね!

この表で言う赤の線が「動作の習得」です。

この表が現す事は、動作の習得に一番適した年齢は6歳から9歳であるという事です。

10歳から早くも下降していってますね…

下降イコール動作の習得が難しくなっていってるという事です。

私は生徒達に、中学行ったらうまくなるだろうとか高校行ったら自然にうまくなるだろうという考えは違うよと言って来ています。


技術は環境が与えてくれるものではないからです。


大事なのは自分自身がどんな手を使ってでも正しい動作を習得する事です。

正しい動作を習得すればコンスタントに活躍する事が出来るしプロ野球選手になれる道に乗る事も出来ます。

今掴めない人間は、残念ながら中学に行っても高校に行ってもずっと下手なままの可能性が高く、そのまま野球を辞めるまで目立った活躍をする事なく終わってしまう事になります。

だから今考えて、今努力して、今掴む、「今」の大切さを言い続けています。


今このブログを読んでくれている方の息子さんは何歳かは分かりませんが安心して下さい!
まだまだ遅くはありません!大丈夫です!

私の場合は26の時に本当の野球に出会えて27歳で絵にかいた様な遅咲きを果たして27歳というプロ入りにあり得ない年齢で育成じゃなく即戦力でドラフト本指名で取るからとまで言われました。

結果的に夢破れましたが最後の悪あがきは出来たかなと思います。

こんな私が言うんだから間違いないです。

今からならいくらで大化けする可能性はあります。

プロには行けなかった悔しさ、遅咲きして、もっと早くに本当の野球に出会えていたらという後悔があります。

故に生徒をプロに行かせたいという気持ちは常に持ち続けています。

技術を一日でも早く極める事ができれば、早咲きしてずっと咲き続ける事ができますからね!

理想ですね!

残りは簡単に説明します。

緑色の点線は身長ですね!

身長は関係ないと言えばないですが、まあ単純に大きい方がいいでしょうから中学生の時に栄養を充分捕って、充分な睡眠を取りって背を伸ばしましょう。

青せんの粘り強さってのはよくわかりませんが、10歳から15歳ぐらいまでに体幹トレーニングと柔軟は毎日やるといいでしょうね。

黄色い線が力強さなんで、中学上級生から力強さが出てくるよという事でしょうね!

私は身長が伸びきるまで過度なトレーニングはするのは賛成ではないんですが、大人になっていくら食べてトレーニングしても筋肉つかないって人がいますよね。

これってその本人の絶対筋肉量は18歳までに決まるらしいんですよね。

これは何処かで聞いた話なんで、真実は定かではないんで名言はできませんが。

早くて高校1年、遅くて高校3年ぐらいにはウェイトトレーニングも入れていきたいですね。

ただウェイトトレーニングが原因で怪我してしまったらもともこもないんで難しい所ではあるんですけどね。


簡単にまとめると


①小学上級生までに正しい動作を習得してしまう!
上級生ぐらいから柔軟性がなくなってくるので柔軟体操を始める!野球辞めるまで毎日

②中学で動作を習得しているので活躍している中でより上のレベルを求めて精度を高める。
練習より栄養と睡眠を重要視してとにかく背を伸ばし身体を作る。
体幹トレーニングを始める。

③中学で身体と精度をあげた技術を造り上げた事で1年生から即戦力で活躍!
小学生から毎日やっている柔軟体操と中学時代に造り上げた身体で怪我をしない身体が出来ているので高校2年にはプロで即戦力でやれる筋力をつける為にウェイトトレーニングも取り入れる。
同時に整骨院や柔軟体操、お風呂などケアの割合を50:50の割合で。

高校で活躍からプロへ!

というのが理想の流れですかね。

自分もこれが出来ていたらなーと思いますね。

今の子供達は皆が理想のレールに乗れる権利があるから可能性は無限ですね。

是非夢を掴んで欲しいですね(^^)

塾長プロフィール

satorujuku

西村 悟(にしむら さとる、1983年6月8日)は、福岡県古賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。血液型はA型。
阪神タイガースに所属する西村憲(投手)は実弟。憲が野球を始めたのは悟の影響であると述べている。

東福岡高時代は、2001年の春のセンバツでベスト8の結果を残す。その後、東海大学に進学。
大学卒業後、2006年に四国アイランドリーグ(現:四国アイランドリーグplus)の徳島インディゴソックスに入団。同年は、ベストナインに選出された。
2007年11月1日、福岡レッドワーブラーズと長崎セインツの新規参入による分配ドラフトで福岡への移籍が決定。12月1日付けで移籍した。
移籍1年目の2008年は、首位打者のタイトルを獲得し、ベストナインにも選出された。
2009年9月11日、愛媛マンダリンパイレーツに移籍。
2010年のシーズンは本塁打・打点の2冠を獲得した。シーズン終了後、自身の申し出により退団。

wikipediaより

悟塾公式ホームページ
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