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背番号6 寺島祐介

また一人SGドリームアイランズに新しい仲間が加わりました!

マネージャー兼内野手 背番号6番 寺島祐介 滋賀県



彼は自分が愛媛マンダリンパイレーツににいた時の後輩で、自分の右腕的な存在で可愛いがっていた後輩の一人です。

彼は頭が良く自分の頭脳になってくれて色々助かりました。

マネージャーとしてアイランズの頭脳になってくれる事と自称お金の取れる三塁コーチャーとやらに期待しましょう。


話しは変わりますが、自分は生まれて一回も小説と言うものを読んだ事がありませんが、寺島がどんな人間で、どんな選手だったかを少しでも未来の寺島ファンに知って貰うために、小説テイストで書いてみます。

如何せん小説を読んだ事がないから自分の勝手なイメージなんで

はい?何が小説?おいどーしたどーした!?大丈夫か?ってなっても気にしないで下さいね!



第一章

寺島は今

約3年前、自分が現役引退をした次の年に彼、寺島祐介も後を追うかの様に現役を引退する事を決意した。

引退して早くも2年が経とうとしているが彼も一社会人として社会に放り出されて色々な苦労があったようだ。

これは野球を辞めた人間の大半がぶち当たる壁なのかもしれない。

現在彼は実家の滋賀県に帰り、教師を目指しバイトに勉強に孤軍奮闘の日々を送っている。



第二章

寺島という男

彼は非常に真面目な性格でいて、なおかつ練習熱心でした。
一番最初にグランドに来て、一番最後に寮に帰るような選手でした。

しかし思うように結果がでませんでした…

身体も固かったですけど頭も硬かったんでしょうね、何とかしてあげたいと思って、毎晩に寮の屋上で、熱血指導を入れていたんですが、教えても教えても中々結果がでませんでした…

ある意味頑固者な一面を持っていて、それが上達の邪魔をしてしまいましたが、ブレない所は、彼の良いところでもありました。

寺島は小柄で足は早かったので、ちょいちょい代走で試合に出ていましたが、一塁代走で盗塁させたらスタート遅くて刺されるわ、2塁代走で出たらヒットでホームに帰るかと思いきや勢いつきすぎて鬼の大回りでアウトになるやらで、中々の自爆プレーを見せてくれました!






しかし自分達が言葉を失ったのは、寺島が絶妙のセフティーバントを転がした時の事でした!

バントした瞬間、ベンチの誰もか楽勝セーフやろ!と思ったんですが楽勝アウトやったんです…

皆の脳裏に最悪のシナリオがよぎりました…

寺島、実は足遅いんじゃね??…

いやいや練習で走る時は明らかに早かったはずや!

という事で試合での寺島の走りを観察する事にしました。

それから数試合後、代走で寺島が一塁ランナーに行きました。

場面の状況から大事な逆転のランナーやから、盗塁より1発長打でホームに帰ってこい!盗めて100パーセントセーフになれるなら走ってもいいよ。的な役目で出された代走でした。

寺島はリードを大きくとり泥まみれになりながら、必用に牽制球を投げさせていました!

いいぞ寺島!

気合いはいってるぞ!

そして次の瞬間誰もが自分の目を疑いました。

スタートベタ遅れで寺島がスタートを切ったのです!!

その時皆は、あっ相手のペースを乱す為の偽走やな!

さすが寺島!

と思ったのも束の間、そのままノンストップで走り出したのです!!…


しかもそこで見ては行けない物を見てしまいました…


まっまっ前に進んでねーーー(;´д`)!!


寺島ー!


どうしたんやー!?


お前の唯一の売りは足やなかったとや!?

てかどうやってトライアウト受かったんやー(>_<)??

バッティングは水物と言われ、試合で緊張や気合いの空回りにより、力みかえって打ち損じをするのは良くある話しですが、

寺島という男は、走るという一般的に波がないと言われている行為で、まさかの力みかえって全然前に進まず、試合で足が遅くなるという芸当をやってのけました!

そこでも楽勝アウトでチャンスを見事に潰していましたね!



寺島は、あまりにも打てないから、監督が足を生かせるようにスイッチヒッターに挑戦してみろ!という事で、左打ちの練習を朝から晩まで頑張っていました。






一瞬いいやん挑戦してみりーよ!皆がそんな感じでしたが、いやーやっぱ野球は甘くないですね…盲点でした…!

右で1割のバッターが左で打ったらどうなるか!?

3分ぐらいでしたかね。

左右足して逆に1割を切るというハドラックな結果になってしまいました…



第三章

実は凄い男寺島

シーズンに入ると、努力の成果が認められ、三塁コーチャーのレギュラーを獲得されました!

彼の凄い所は、誰よりも練習しているのに試合にでれず、常に三塁コーチャー…

普通の人間なら監督批判してみたり、ふて腐れたりする事が多い中、彼は愚痴の一つも言わず、毎試合、毎試合三塁コーチャーに向かい、一生懸命チームの勝利に少しでも力になるようにチームを支えてくれました。

中々出来る事ではないです!

彼をアイランズに入団を要請した時に冗談交じりに「サードコーチャーすか?自分サードコーチャーやったらお金取れますよ」と自信を覗かせていました!

まあまあ頻繁に、寺島それ回したらいかんやろ!?ちゅう明らかアウトのタイミングで軽くテンパってぐるぐる右手回して、ベンチでよー監督にあいつは何やっとんや!!って言われていた事は黙っておきましょう!

一回まだランナーがサードベース回って半分しか行ってなかったのにもうキャッチャーがボールを持っていた時は、流石にコーチャーも首になりかけてましたね…

まあそれでも自分は頑張る奴は好きやしあいつの人間性は尊敬する所もあったから、そうとう寺島の事が可愛かったんでしょうね。

ご飯だけで何十万貢がせられたかわかりませんよ…

それはさておいて、自分が見た寺島のプレーで最初で最後の記憶に残ったプレーをお話します。


第四章

俺の脳裏に焼き付いた最後の寺島のプレー

自分がプロに行けなかったら引退すると心に決めて挑んだ最後のシーズン。

自分は好調をキープし最終的にはチームの優勝はできなかったですが、本塁打、打点の二冠王に輝き、後期に関しては打率4割5分以上を打ち、後期MVPも獲得しました。

残り2試合を残し優勝の可能性が消滅して我々のチームはホーム坊っちゃんスタジアム最終戦を迎えました。

事実上消化試合にもかかわらず、ホーム最終戦という事で一万人以上のファンの方たちが応援に来て下さり、もはや消化試合の空気は一切感じなく、むしろ今から優勝決定戦があるんじゃないかと思わせる雰囲気の中試合が始まりました。

相手投手はシーズン途中から入団してきたメジャーリーグで何勝か上げたという経歴を持つ韓国人投手で、初顔合わせの時、もはや俺を完璧に打ち取れるピッチャーはこのリーグにはおらんやろ!ぐらいの好調の自分から3打席連続三振を食らわせた投手でした。

自分はこの試合は「やられたらやり返す!10倍返しじゃ!」と言って、試合前から韓国投手のビデオを見ながらタイミングを合わせもくもくと素振りをして挑みました。

1打席目に坊っちゃんの場外に飛び出す3ランを放ち、

そのあとも3本ぐらいヒットを重ね、4安打5打点とキッチリ10倍返ししてやりました!

あっいかんいかん俺の自慢話はいいけん寺島の話しばせんと!!

気づいたら勝手に指が自分の事書いとーけんね…

どんだけーちゃ本当に

そんで自分は身体の弱い子やったから、点差離れて勝っとる場合4打席目にヒットで塁にでたら、一塁でベンチに念力を送ると大概代走が走って来て、お役ごめんになるんですが。

そのあとは活躍して仕事した時は気分良く、ベンチ裏でアイシングしたりマッサージしたりオニギリ食ったり、スラパン一丁の時もあり自由に暮らしていましたね

たまに一個年下のキャプテンの大津君には「悟さん完全に気持ちOFFってるやないすか!!」って怒られていましたけどね(^.^)

まあ彼は自分の左腕だったので全然大丈夫でしたけどね☆



右腕の寺島と左腕の大津くん!
いつもこやつらとは一緒におったなしかし(^^)d

ちがーう!

寺島の話しや!

そうそれでベンチ引っ込んで、寺島と遊ぼうと思ったら寺島がおらんのよ

定位置の三塁コーチャーにも他の奴が立っとるし

どこ行ったとかいなって探しとったら

ベンチ裏の隣の素振りルームで汗だくで素振りしている寺島の姿が…

俺「おいどーしたとや寺島」

寺「最終回の先頭に代打あるかもです!」

俺「マジか!わかったちょっと待っとけよ、素振りしよけ!」 と言い残し!

自分は相手ピッチャーの情報を少しでも寺島に伝えてやらんとと、バックネット裏のスコアラーの所に走りました。

相手ピッチャーはお前今シーズン今まで何処おったとや!?

っていう見たこともない左ピッチャーでした。

左?左と言う事は寺島は右打ちか!

よし!まだ可能性はあるぞと思いつつ

こんなパンピー(一般ピープル)データなしでも打てるやろ…と思いつつ

いやいや今まで寺島には散々助けて貰ったからあいつの為に少しでも力になりたいと思いましたね。

人にそう思わせる事か出来るのがあいつの本当の凄さなんですね!

まあそれはおいといて

そして球速から球種から攻め方から狙い球から全て情報を貰い、すぐさま寺島に伝えました。

そしてカメラマン席に行かせピッチャーの見える所でタイミング合わせて素振りするようにアドバイスしました。

しかしいつから代打あるぞって言われて準備してたんですかね?

かれこれ1時間近く裏でバットを振ってたんじゃないですかね?

最高の準備を通り超してバテたんじゃね?という心配もありましたが、本人はアドレナリン出てたんでしょうね。

軽く顔面蒼白一歩前ぐらい顔白めでしたからね!

喧嘩慣れしてねー奴が今から喧嘩しにいくんやないんやけんここまで血の気引かんでもよかろーもんと思いつつ


とうとう最終回が来ました。

監督が寺島いくぞ!の声かかかります。

坊っちゃんスタジアムはプロ野球の試合もあるほどの大きくて綺麗な球場です。

自分も寺島の勇姿を目に焼き付けようとファーストコーチャーを買って出て、一塁コーチャーボックスで寺島の出番を待ちました!

一応4番を張りつづけた自分がコーチャーにでたらファンもあー西村さんがコーチャーにでてきとるよー!ざわざわみたいなのもありつつ

そしてウグイス嬢のアナウンスが「バッター何とかに変わりまして……………寺島!!」

寺島はレギュラーじゃないにもかかわらず、誰にでも優しくて、頑張り屋さんな事から老若男女関係なく、人気はレギュラーを凌ぐぐらいあったので

寺島のコールがあった時は広い内野スタンド満員のお客さんからは歓声があがりました!

寺島ー!てらしー

てらしー 行けよ寺島ー!!

野太い声から黄色声援までが球場を包みました。

球場には寺島の入場歌が流れます。

最終戦にしてお前の入場歌この歌やったんや!

と思う暇もなく…

自分も今までの寺島の努力、本当は悔しかったであろう一年間の思いを一番近くで見ていたから、気持ちが高ぶって胸が熱くなる思いでした。

そして、この後今でも脳裏に焼き付いている、寺島も俺が引退する事は薄々感じていたのでしょう。最後の生きざま寺島からの無言のメッセージを送られる事になります。

徳島インディゴソックス。お前誰なん左ピッチャー振りかぶって、第一球、投げました…


初球でした。


勝負は一瞬でした。


1年間誰よりも努力してきた男!誰よりも日頃の行いが良い男!1打席の為に1時間真剣に汗だくで素振りした男!

相手ピッチャー。
1年間見かけなかった人
何となく安易に初球を投げてしまった人


戦う前から勝負は決まってました。


安易に投げた何のキレもないストレートが投げられました。

やはり野球の神様はいるんですね。

寺島が間違いなく待っていたであろうド真ん中のストレート!


そして自分は思わず叫びました!


いっけーーーー!!!

そして寺島を見た自分は驚愕しました!

あっあっあっ合ってねーーー

一時間ピッチャー見ながら横でタイミング合わせて素振りしとったんに!!

なんでや!?

なんでや寺島!?

まあしゃーない!

代打の鉄則初球から行け!やけどお前が初球いったら俺もファンも物足りんやないか。

よしもったいない球やったけどワンストライクくれてやっとけと思った、瞬間!

自分は寺島という男を甘く見ていましたね……

反省です。

自分はまた驚愕させられました!!

元ヤクルト古田のコメント、「メジャーリーガーバリーボンズと対戦したときミットに入る瞬間にボールが消えたと思ったらホームランだった」

キャッチャーミットに入る瞬間寺島は覚醒しました。

寺島は何をどう思ったんでしょうか

自分が見えていない新しい野球の境地を見たんでしょうか


思い出したかのように少しだけバットを出したのです

しかもさらにそのあと出したバットを止めたのです

そして無情にも止めたバットにボールが当たったのです

そして見たこともないような絶妙なセフティーバントがフェアーゾーンに転がったのです

まあ今思うとすぐさま走っていたら完全に内野安打だったでしょうが

もはや寺島に走る気力は残っていませんでした。

寺島はリアルに3秒間固まっていました。

たぶん自分の推測だとその3秒は
寺島はその時、置かれている状況があまりに地獄過ぎて、現実を受け止められずに自分が見た映像を拒否したんでしょうね!

正に現実逃避したんでしょう。

えっ嘘でしょ!?これやったの誰?俺やないよ!俺のバットにあたってないもん!タイム、タイム今のなしね!もう一回最初からやろーよー!

子供の頃遊びながらこんな会話をしていた走馬灯が見えていた3秒間やったかもしれません。


魂半分天国に行きかけていたのかもしれません。

今となっては謎のままです。

どの専門家も分かる術はありません

そして3秒フリーズした後に我にかえり魂を戻して一塁ベース、自分の方向に走ってくるんですが

その時の顔がこの世の終わりかのような顔をしてたのは今でも忘れません…

私はただただ笑いを堪えて下を向くのが精一杯でした…

ビバ寺島

グッドラック テンポーランド

また会う日まで!

タグ : 寺島祐介

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塾長プロフィール

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西村 悟(にしむら さとる、1983年6月8日)は、福岡県古賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。血液型はA型。
阪神タイガースに所属する西村憲(投手)は実弟。憲が野球を始めたのは悟の影響であると述べている。

東福岡高時代は、2001年の春のセンバツでベスト8の結果を残す。その後、東海大学に進学。
大学卒業後、2006年に四国アイランドリーグ(現:四国アイランドリーグplus)の徳島インディゴソックスに入団。同年は、ベストナインに選出された。
2007年11月1日、福岡レッドワーブラーズと長崎セインツの新規参入による分配ドラフトで福岡への移籍が決定。12月1日付けで移籍した。
移籍1年目の2008年は、首位打者のタイトルを獲得し、ベストナインにも選出された。
2009年9月11日、愛媛マンダリンパイレーツに移籍。
2010年のシーズンは本塁打・打点の2冠を獲得した。シーズン終了後、自身の申し出により退団。

wikipediaより

悟塾公式ホームページ
http://satorujuku.jp

入塾申し込み・お問い合わせ
http://satorujuku.jp/contact

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